以前、「月は本当に常に同じ面を地球に向けている?」という投稿をしました。その投稿の内容とは反しているようですが、本ページでは「月がなぜ地球に対し同じ面を向けているか」について述べます。前者は「短期的には少しだけ揺れ動いている」、後者は「長期的には同じ面を向けている」という違いであって矛盾しているわけではありません。
拙著でこの現象について取り上げましたが、ここでは少し内容を変えます。
(1)潮汐力とは?
月が同じ面を向けることには潮汐力が関係しています。物体の場所によって異なる力が作用していた場合、これを潮汐力とよびます。月は地球の重力を受けていますが、この力は一様ではありません。わずかではありますが地球に近い側では大きく、遠いところでは小さくなります。これは潮汐力です。
図の水色は地球、ベージュ色は月です。
潮汐力により月は変形します。
この、ふくらんだ部分をバルジとよびます。
※以降、月を楕円として描きますが、実際には完全な球と区別がつかない程度にしか変形していません。
(2)公転により月が移動すると向きはどう変わる?
月が完全な球であれば潮汐力の影響を受けることなく月は自転します。しかし月が球でない場合、月のバルジの向きによっては潮汐力の影響を受けます。
図のように公転によって地球との位置関係が変わって月のバルジの向きが重心の向きからずれたとします。
月はバルジを重力の方向に向けようとします。
この現象は継続します。つまり、月は公転しながら常に同じ面を地球に向けようとします。
下の図の黒い点は同じ場所であることを示すためのものです。
月が地球に対して同じ面を向ける理由の概要は以上です。
(3)本当に月はバルジを地球に向けようとする?1
「バルジの向きが重力の向きと異なる場合月は向きを変える」と述べましたが、本当でしょうか。このことをもう少し考えてみます。
拙著では重心が固定された棒の両端に違う重さのおもりを下げた場合を例にしました。ここではもう少し実際の月に近い条件で検証してみます。
月が向きを変えるかどうかを正確に知るにはどうしたらよいでしょう。月の内部では場所によってかかる力が異なります。そこで月を点の集まりと考えて、それぞれの点にどのような力がはたらくかを求めます。その総和が月にはたらく力ということになります。
(4)本当に月はバルジを地球に向けようとする?2
下に楕円が2枚描かれた図があります。月を細かく分割してそれぞれにかかる力を求めた結果です。
以下、図についての補足です。
・図では省略していますが、画面の下(スクロール方向)に地球があるものだと思ってください。下に地球があるとして月にかかる力を計算しています。
・月をラグビーボールのような楕円体としています。図はその中心を通る断面だと思ってください。
・実際の地球と月の距離は大きい値ですが、それでは月にはたらく力の差が非常に小さくなるので、計算では距離を縮めています。
・最初の2枚の楕円の図はどちらも月です。月にはたらく力を種類によって分けて表すために同じものを2枚描いています。
・これら2枚はバルジの向きと地球の向きが同じ状態での力を表示しています。次項で掲載する2枚の絵は向きが合っていない状態です。
以下、計算の仕方についてです。
・地球は重心に全ての質量が集まっているものとして月にはたらく重力を計算しています。
・月を3方向について100に分割し立方体の集まりとしています。
図の青い線とオレンジ色の線についてさらに補足です。
左の青い線が、それぞれの点にはたらく重力です。実際にはそれぞれの線はほとんど平行になるはずですが、この計算では非常に近いところに地球があるので両端の線は少し内側を向いています。
緑色の線は各点にはたらく力の総和です。
右のオレンジ色の線は各点にはたらく力の回転方向の成分を抽出したものです。※
※オレンジ色の線は青色の線の、重心からの線に垂直な方向の成分です。これに重心からの距離を掛けています。大きさとしては「力のモーメント」と同じ値です。ただし、力のモーメントは画面に対し垂直な方向ですが、それではわかりづらいので、オレンジ色の線はこのように回転方向を示しています。
分かりやすさを優先するため、青色・緑色・オレンジ色の縮尺は正確ではありません。
(5)本当に月はバルジを地球に向けようとする?3
前項の図はバルジの向きが重力の向きと同じ場合でした。
次はバルジの向きが重力の向きと異なる場合です。これも真下に地球があると思ってください。
右側の図に赤色の矢印が追加されています。これはオレンジ色の線の総和です。月を回転させようとする力のモーメントが発生していることを示しています(力のモーメントの向きは画面に対して垂直です)。前の例ではこの線がありませんでした。オレンジ色の総和が0になるからです。
バルジの向きが重力の向きと異なる場合、バルジの向きを重力の向きに合わせるよう力がはたらきます。そしてバルジの向きと重力の向きが同じになるとその力はなくなります。
(6)まとめと補足
・月に潮汐力(場所による重力の差)がはたらくことによってバルジ(変形して膨らんだ部分)が生じます。バルジの向きが重力の向きと異なると、重力の向きに合うよう、月を回転させようとする力がはたらきます。この力によって月は常に地球に対して同じ面を向けます。
・冒頭で「月は本当に常に同じ面を地球に向けている?」のページのことについて触れましたが、月は地球に対して完全に同じ位置を向けているわけでもありません。ただしその変動量は大きくなく、必ず元の向きに戻ります。地球から完全に月の裏側を見ることができるほどには変動しません。
・月は自転していないわけではありません。公転と自転の周期は同じです。つまり月の自転周期は約27.3日です。公転と自転の周期が一致しているから地球からは同じ面しか見えないことになります。
・このような、潮汐力によって公転と自転の周期が一致する現象を潮汐ロックとよびます。潮汐ロックは月だけではなく、他の天体でもみられます。